2015年6月アーカイブ

今回の投稿者は姉妹の考え。我が家の娘どもと同じような境遇ですが、
さて、どんな兄弟なんでしょう・・・


「離れていても、会えなくても、繋がっている存在」
ですかね!

昔はケンカばっかりしていました。しばらくすると全然しゃべらなくなりました。
でも、お姉ちゃんが大学生、わたしが高校生になったくらいから二人で出掛るように
なり会話も増え、今はお姉ちゃんがいてよかったって思ってます!

そんなお姉ちゃん、もうすぐ結婚するんです。
部屋が空くし口では「早く出てってよ~」なんて言っていますが、実際いなくなったら
いなくなったで寂しくなるのは分かってます...でも、きっとすぐに慣れるんだろうな
という気もします。それは会わなくなっても繋がっていると思えるからです。

しばらく会っていない友達に久しぶりに会うときは少しドキドキすることがあります。
でもお姉ちゃんだったら何も気にせず普段通り会える自信があります。
お姉ちゃんの人生を歩んで幸せになってくれればそれでいいと思います。
親も選べませんが兄弟も選べません。
お姉ちゃんは世界中に1人しかいないので大切な存在です。
そして、オリバーの考えにも共感です!
お姉ちゃんが暮らす家に行ってでもたまーーーには会いたいです。

長文失礼しました。もしの載せてくださる時は恥ずかしいので
名前を伏せていただけると嬉しいです(^^;)

あと、昨日元彼から復縁をせまられましたが断ってきました!
という近況報告でしたー!それでは失礼します。


・・・なるほどねぇ、姉妹はやっぱりいいねぇ。
お姉ちゃんだから、自分の一歩前をいつも歩いている存在。
あこがれたり、まぶしかったり、うらやましかったり・・・
時には、優秀なお姉ちゃんが大きな迷惑だったり、プレッシャーだったり
でもきっと、これからはさらに仲良くなるかもね。
お互いお母さんになって、育児の相談や、家庭のことなど
親より気兼ねなく相談できるようになる時が来るかもしれません。
『必要な時に、また、何でもない時に』自然に会える存在なんですね。
それが繋がっているっていう意味なのかなぁ。

大学生の回答はさすがに洗練されているねぇ。
近況報告もとっても興味深いもので、読者の期待に応えているねぇ。
元彼はバカだねぇっ!!ざまーみろ!!・・・失礼しました。
君のよさがわからない人・・・それだけで十分復縁の価値なしです。

さて、こんな流石!な文を書けるのは、立高に推薦で受かってしまうくらいの
才女じゃなきゃかけないよね!?・・・名前は伏せておきますね。
Kちゃん。(えっっ、このヒントで9期生は十分わかる?)うふふ。ごめんね。
兄弟ってなんだ?の回答・・・勇気ある一人目は澪くんでした。

こんにちはオリバー先生久しぶりにブログ読ませていただきました。
自分にも3つ下の弟がいるので応募させてもらいました。

自分の結論は『兄弟とはなんでもすることができる不思議な存在』だと思いました。
兄弟とはいろんな感情を共有できたり奪いあったりもすれば競いあったり一緒に怒られたり
母さんに隠されたゲームの場所を探しあったりなど一緒にいると楽しくてたまに誇らしく
思ったり思わなかったりムカついたり離れると意外と寂しかったりする不思議な存在だと
思いました。

あとこれは個人の主観ですけど
『兄弟に会いたいと望まなくてもいつか会えるのが兄弟』だと思います。

「近況報告」最近は普通に高校生活を楽しみ部活ではライバルに負けないために自分を
追い込み中です!では長くなってすいませんでした。


忘れもしない10期生が3年生の時、漢字テストや作文がとっても苦手で
嫌がっていた少年・・・クラスの中で一番嫌がっていたかも?それが澪くん。
でも、高校生になるとさすがだねぇ、いちいち納得できる内容で、ビックリ。

『いつか会えるのが兄弟』ここは、花まる!!

高校では少林寺拳法部に所属し、香川県の総本山で行われる全国大会にも出場した
澪くん。オリバーキャンプに弟を連れていきたいと懇願した澪くん。
ずっとずっと、支え合えるいい兄弟でいてくださいね。
投稿ありがとう。
自分には二人の兄と、妹一人の4人兄弟・・・さらに母親が違う妹も一人?
この辺が複雑だ。あったこともないが、半分血を分けた人がこの世にいる。
複雑な環境にいたし、幼い頃に複雑な経験も少しした。
それが、小学校の先生という立場で「とてつもなく役に立っている。」・・・から
人生経験に無駄はないというのは本当だ。

苗字が変わったとボソッと告白する子どもに、『先生は4回変わった。』
と笑顔で話せば、びっくりした後、満面の笑顔になって話は弾む。
お父さんがいないから父の日は嫌いだと涙目の子どもに、
『先生は父の日の作文が書けずに教室で泣いた。』と小学校時代の恥ずかしい
思い出話ができる。そして、本当にその子の今の気持ちがわかる。

先生になる人は、ほとんどが成績がオール4くらいの「よい子」だ。
家庭にも恵まれている、普通の生活を普通に過ごしてきた人が多いのが
現場にいて感じる実感だ。いわゆる「先生にほめられてきたこども。」だ。
だからこそ、質が悪い時もある。
悪い子の気持ちが理解できないし、なぜそうするかわからない。
これは・・・研修では教えてくれないし、話しても実感できない。
ヤンキー先生がすごい成果を上げたのもある意味、納得できる。

話がそれたが、我が兄弟は物理的にバラバラだ。
長兄は北海道、次兄は名古屋、妹はアメリカ・・・距離とは関係なしに
なかなか会えない。手紙、メール、それぞれのブログやフェイスブックなる
ものでつながっているはいる。

そんな兄弟が時々奇跡的に波長がシンクロする時がある。

長兄が母さんの墓参りを最近した。母が大好きなユリを供えた。
相手が一番喜ぶものを把握してプレゼントできる人だ。
次兄がそのユリを見て綺麗だと言って、墓前にトウモロコシを供えた。
トトロが大好きだった母への次兄なりのお供え物で「さすが!」と思う。
人に愛されるという天性の才能を持っている。

二人の訪問と、心と腹を満足させるお供え物に、母はきっと喜んでいるに
違いない。私もそろそろ墓参りが近い、自分の誕生日付近に墓参りする。
さて、自分らしいお供え物は何か・・・やっぱりケンタッキーかな。
まぁ、供えずに墓前で食って帰ってしまうのだが(笑)そこが私らしい。

この四兄弟、バラバラに育ったのだが、最近全員が一堂に会したのが
15年前、母の亡くなるひと月前の病室の枕元だった。
意識がなくなる前に母の子ども全員が、母を囲むんだ・・・そのために
みんなを呼び寄せる・・・という強い思いで集まってもらった。
その後は一堂に会す理由も、時間もないし、それぞれの違った思いがある
・・・らしい。私には、難しいことも、気持ちの機微もわからないことが多い。

四人の中で『また四人で会う日が来る。』と本気で望んでいたのはどうやら
自分だけだと分かった時から、兄弟ってなんだ?・・・って考えるが・・・
やっぱりそんな難しいことは分からない。


ただ、妻の姉妹を見ていると、とっても仲が良く、いつも助け合っていて、
笑いも怒りも共有している。兄弟っていいなぁ・・・と思う。
そして、自分の娘たちもそんな姉妹でいてほしいと思う。
一族のみんなはどんな兄弟なのだろうか?兄弟で一族の人も何人もいますね。
一人っ子の気持ちは・・・あまり良くわからないけれど、寂しいのかな?
それとも両親を独占できて幸せなのかな?
兄弟って・・・なんなんだろうなぁ。みんなは一言で説明できるかな?

問題:句読点を含み30字以内で説明せよ(笑)
イベント情報に回答できます。
近況報告などもこの機会にしてくれたらうれしいです。
待ってます。
アランの「幸福論」・・・同じ内容の2冊の本。
訳者が違う2冊の本。同じ1冊が元だけれど、表紙の印象はまるで違う・・・
kouhukuronn.JPG
岩波文庫のそれは、やっぱり固い印象だ。でも、内容は分かりやすい。
集英社の白井健三郎の方は子どもでも読めそうな表紙だが、中身は岩波と
同じ。もっと現代風に、優しくなっているかと期待したのだったが。
表紙にだまされて2冊買ったが、どちらか一つでよかったし、岩波でよかった。

基本的に、同じ文章を訳しているはずなのに、主語の置き方や結語の調子で
文の意味や捉え方まで変わってくるから不思議だ。
著者のアランの性格が微妙に違って感じるから、翻訳者がアランをどう感じ
考えているかに読者も影響されるわけだ。


そうそう、今日も丸1日、5年生の八ヶ岳自然教室のDVD制作に費やした。
ほぼ完成した。その休憩中や、今は寝る前のひと時で読んでいる。
同時に2冊読んでいる。短編のコラムのような文章なので、交互に読んで
訳を比較しているのだ。(その作業にも少し飽きてきたが。)

今日はどうしても納得できない訳に出会った。
コラム・・・哲学ではプロポと言われる断章なのだが、その4。
岩波では「ノイローゼ」という題で、集英社は「神経衰弱」だ。
この二つのような違いは、まぁ、気にしないでいられる。
さて本題は、この章の中でコロコロと気分が変わることを・・・

岩波:鳩の胸の色が変わるよりもめまぐるしく・・・
集英:猫の目よりも早く変わる・・・

おいおいおい、鳩の胸と、猫の目??
どう訳すと鳩と猫に変わってしまうのか?
どちらかが分かりやすく意訳したのだろうが、ここは納得いかない。
鳩の胸の色が変わるなんて、およそ一般の人は見たことが無いだろう、
ならば猫の目の方が日本人には伝わるかな?という意図があるように
感じたのだが、原文は「鳩」なのか「猫」なのか。

とっても気になる。
こんなつまらない小さなことに心を振り回されるのは仏教でもキリスト教でも
そして幸福論の哲学の中でも無駄な事だと言っている。
でも、答えを得たいなぁ。だれか原文を教えて・・・・・と心の中で叫びつつ

寝てしまおう。
「ノイローゼ」や「神経衰弱」になる前に。
中学生の時、ちょっとカッコつけて「将来は『哲学』をやりたい。」なんて
女の子に話したことがあった。カントとか・・・なんて言いながら。

高校生になると、教育学に進むことにしたが「『臨床心理学』的な教育
の研究をする。」なんて言って、文教大学の推薦試験を安易に受けたが
当然のごとく不合格。

私は今ならハッキリとわかる、「哲学なんて難解で苦手だ。合わない。」
生まれつき楽観主義者、感性・衝動型行動タイプ、推察・洞察力なし。
こういう人は考えないで行動し失敗するタイプ。
しゃべる内容が軽くて、すぐに吹っ飛び誰の心にも残らない。
そんな私が教師なのだから・・・一族の皆さんには正直、大変申し訳ない。


それでもトイレで人間学の本を読んでいると、そこにアランの記事が。
アランはフランスの哲学者で教育者だ。「幸福論」の著者としては有名。
世界三大幸福論といえば・・・アラン、ヒルティ、ラッセル・・・らしい。
特にアランは最近の日本人に受け入れられているようで翻訳も多い。

アランの幸福論は基本的に①前向きの楽観主義②自主的・行動的
③分かりやすい内容 だという。うーん、なんか親しみやすそうだ。
すぐAMAZONで検索。岩波文庫の「幸福論」アランをクリック。
岩波にはヒルティもラッセルもあるが、その方々には出会っていないのでパス。
しかし岩波は私の頭脳では半分も理解できるかなぁ。
高校生の時には岩波文庫が安いので本屋で目につく本を片っ端から買って
読んでいるふりしてページをめくったものだが・・・どれも覚えていない。
なので、白井健三郎がアランの幸福論を出していたので、同時購入。
明日には届く。すごい便利だぞっ!AMAZON!!(本屋はたまらんなぁ)


最近は何もかも忙しいと感じ、時間に追われ、ゆとりがないので読書時間は
もっぱらトイレと寝る前の意識を失うまでの数分間のみ。
でもアランを読んだら感想文をブログに載せますね。
imagesW0LDRLA3.jpg
ある取り組みの写真ですが右側の力士の両膝は腹巻みたいなサポーター
どう思いますか?

相撲は単なるスポーツではなく武道であり、国技、そして取り組みはすべて
神事として行われています。
サポーターやテーピングは『やはり見苦しい』としか言いようがありません。
厳しい稽古の代償かもしれませんが、かつて横綱ほどの品格を備えると
サポーターやテーピングは一切まかないで土俵に上がるものでした。
そんな姿でしか土俵に上がれないなら欠場しろ!!と思っていました・・・

がっ!!

そんな考えを転換する事件が起きました。
なんと、生まれて初めてひざを故障し、痛みで動けない日々なのです。
故障の原因は定かではありませんが、剣道の衝撃の蓄積、ソフトボール
バレーボール、日光のハイキングと続いた過負担、体重オーバー・・・
とにかく、痛い!!

押すと痛い、晴れている、熱を持っている、曲がらない、伸ばせない、
上がらない、歩けない、走れない、止まれない・・・何ということでしょう。

自分で経験する、実際に体験するとよく分かる。
やっとその人の気持ちに本気でなれる。
力士の皆さんはきっと「激痛」に堪えて土俵に上がっているんだ。
それが仕事でもあり、人生であり、勝負だから。
欠場すれば番付は下がる、給料も下がる、人気も下がる。
土俵に上がらないではいられないのだ、オレはそれが良くわかる。

親になったらわかる。
親にならなきゃわからない。
病気になったら健康の大切さがわかる。
病気にならなきゃ健康の大切さには気付けない。
その人がいなくなったら本当の大切さがわかる・・・

名言だよね。
人間そんな簡単に相手の気持ちになんてなれない。
本当の本当に、思いやりの気持ちが持てるのは苦しみや、失敗を
自分で経験した人じゃないと。


お相撲さんのサポーター・テーピング・・・アリです。
6月13日(土)夕方から9期生のメンバー8名が集まった。
この代の一族が別荘に宿泊するのは初めてだ。
娘の菜月と同じ歳の9期生は、思い入れもひとしおだ。
9th.jpeg
無事、成人式もすんでお酒もOK!
ある一人を除いては、みんな節度あるお酒の飲み方だ。
ある一人は・・・とっても陽気だ。でも、少し元気すぎるかな。
朝5時頃まで大声で話していました。
みんな修学旅行の部屋のように順番で恋話をしたり・・・とにかく
楽しそうでした。

彼らを若いなぁと感じるのは、花火に熱狂している所。
思い起こせば自分も20歳くらいの時、よく花火をやったし、夜中に騒いだ。
でも今は・・・あまり花火が好きではない。
自分ではやらなかったが、若者の元気な姿を見るのは楽しかった。

今回のメンバーは9期生の中ではいつも企画をしてくれる核になるメンバーだ。
9期生のみんながこれから先、甲府の別荘を仲間で利用してくれると嬉しい。
今回の旅行はその先駆け、実地踏査、下見のようなものだ。
どんな団体でも「核」になるメンバーがいないと組織はいつか消えてしまう。
学級という単位で企画が続くには、この核になる人たちの苦労があってのことだ。

今回のメンバーを『チームCORE』と名付けようかな。
このチームにどんどん仲間がくっついてふくらんでいきますように・・・と、
願って。
深大寺蕎麦を食いに嫁さんとデートした春の日
深大寺の左側にある坂道の途中にちょっとした植木屋さんがある。
嫁さんが珍しく「山椒」を買いたいと言って小さな山椒を買った。

小さな山椒の植木を、小さな庭に植えた。
根を無事に張ったのか、枝も伸びて葉が増え始めた頃・・・
ある朝一気に葉っぱの数が減った!!これはっ!

アゲハの幼虫である。
トゲがあり、匂いもキツイ山椒の葉っぱをムシャムシャ食べるのは
アゲハしかいない。でも、幼虫は見つからなかった。

夕方家に帰ると虫かごにアゲハの幼虫、しかもかなり大きいのが
捕獲されていた。エサになる葉っぱは入っていない。
嫁さんに話を聞くと、大切な山椒を食べた犯人だと怒っている。
殺そうというのかなぁと心配したら、「飼う」という。じゃぁ・・・
すぐに近所の山椒の大きな木から枝を折ってきた。
入れてやると早速ムシャムシャ食べる。
その食べっぷりに、みんな感心、感心。でも、次の日にはもう食べない。

これは、殺虫剤でもまかれている葉っぱだったのか?と後悔した。
でも、2日経ったら丸くなってしまった!!これはっ!

蛹への変態である。
10期生が3年生の頃、たくさんのアゲハの幼虫を飼ったのでわかる。
首をくの字に曲げて背中を丸めて動かなくなる。枝の上で。
でも、キャタピーと嫁さんが呼んでいた幼虫は上手に枝にくっつけなかった。
そこで割り箸に付けさせたが、そこからも落ちてしまった。
そして、一皮むけて完全な蛹。

仕方なしに蛹ホールドを娘が作った。なかなかイイ出来。
準備万端整って、トランセルと名前が変わったそのさなぎを見守った。
緑色が茶色になって十日もしただろうか・・・

ageha.JPG

嫁さんが室内で飼育したおかげで、天敵の蜂や鳥にも食われることなく育ち
とうとうアゲハになった。バタフリーだ。

小さな庭に出し、自分で飛んでいくのを待った。
待っている間にも羽の色がどんどん鮮やかに美しくなる。
よかった、よかった。
唯それだけなのである。

よかった、よかった。
6月6日(土)晴れ
日本剣道形の西東京(市町村地区)大会が開かれました。

昨年度もこの大会には出場しましたが、1点差で4位に終わり
都大会出場を逃した悔しい大会でした。
(形大会の予選は点数制で勝敗を決します。)

今年は・・・

今年も何と、3位で同点チームがいて3位決定戦でした。
3位決定戦は旗判定ですが、審判3人全員の赤旗が上がり
見事に勝利、ギリギリですが都大会出場を決めました。

学校のことが忙しい毎日、家族のことでも時間が必要だったし、
何しろ剣道が平日、土日関係なく少年指導も自分の稽古も
そして試合遠征の引率や監督まで・・・そんな中で時間を作って
形稽古を地道に何回も行ってきました。1年間ずっと。

その努力の甲斐もあり、やっと『あと一歩の壁』をこえたのです。
剣道もずっと続けてきましたが、対外試合でのタイトルとは無縁
でしたので、本当に感無量です。
同時に、本戦である都大会に向けての、更なる稽古の始まりです。

今日は大会に先立ち、会場でもある諏訪神社にお参りし、武運を
祈りました。浅間神社にも誓いを立て、空の上の母をはじめ見守って
くれているであろう皆さんに挨拶をして臨みました。
大会の後は、もちろん当日中に、ご報告に回りました。


何かに取り組むときに、カッコ悪い努力や、死にもの狂いの必死さは
器用ではないオリバーにはどうしても必要で、結果に到達するまで
心中は、苦しんでのたうち回りながら、逃げ出したくなりながら・・・
でも、続けます。
これが、「楽しんで」「遊んでいるかのように」修業できれば達人です。
剣道やその他武道でさえ、本当の達人の域は「遊ぶ」だそうです。

天才でも、器用でも、努力が好きでも、継続する力もないオリバーが
一つ一つの山を越え、目標を達成していくのは『どろくさい意地』かも
しれません。オリバーの両親も、兄弟も、親戚も・・・優秀な人の宝庫です。
その中で取り残されたように独り不出来な自分が情けなくてしょうがない。
母親にほめてほしい、認めてほしいという願望も、大きな原動力です。
とにかく体格も性根もスマートじゃない。
ひねくれ者なわけです。
でも、今日はちょっと自己満足する日にします。
次の大きな目標・都大会に向けての勢いのために。
西東京代表.JPG
代表選手の証、西東京剣道連盟のワッペン。
心の底から欲しかったくせに、このためにかけた時間と苦労が胸にあり
手にしてかえって「イライラする」・・・こんな気持ちわかるかなぁ。

でも、これをつけて、今度こそ納得いく剣道形を都大会で演武しよう。
そして、このワッペンを最終的には大切にできるようにしよう。
先週は水・木・金と5年生の八ヶ岳自然教室に行ってきた。
引率とはいえ、命を80人分もあずかって2泊3日は重労働。
それでも、子どもたちとの距離は縮まり、信頼関係も築ける。
だから、移動教室の引率は積極的に引き受けている。

しかし、金曜日に帰ってきたその足で剣道の稽古に行った。
ボロボロになって帰って来て、グロッキー・・・
土曜日は7時には起きたが、何とその後、寝たり起きたりで
1日中ゴロゴロ。予定の仕事は一切できなかった。

疲れきるということはこういうことだっ!と言わんばかりに
自分でもどうしようもない疲労感に教われてベットに沈むように寝た。

日曜日、その甲斐もあって5時に起きて剣道の世界大会観戦に
武道館に出発!!
朝7時から並んで自由席の中では一番いい席で観戦ができた。

世界大会1.JPG

男子団体戦
日本チームはすごかった。やはり、心のこもった品格ある剣道だった。
ほれぼれするし、あのような剣道がしたいなぁとつくづく思う。

しかしだっ!なんとその会場でも、前日充電したスタミナは午前中で切れて
午後は座席で寝てしまう始末。同時に昨日できなかった仕事も気になる。

仕方ない。夕方から始まるトーナメント戦は諦めて、会場を後にした。
帰りたいけれど学校に向かって・・・結局10時まで仕事をした。
それでも仕事は終わり切らなかったのだから・・・現実は厳しい。


こんなに疲れるものなのか?45歳。
それとも疲れが抜けないのか?いずれにしても若くはない証拠だ。
体力が落ちたならば、その分、知恵を使うしかない。
合理的に、理性的に取捨選択をして自分のペースにする。
休みの日に遊び過ぎないようにするのも大切。

若い頃は遊べば休養だった。
今は遊びが体力を消耗する・・・こうなると・・・歳だね。

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